聖書をお読みいたします。
聖書箇所は、コリントの信徒への手紙一1章10節〜18節。
新共同訳新約聖書299ページ〜300ページです。
1:10 さて、兄弟たち、わたしたちの主イエス・キリストの名によってあなたがたに勧告します。皆、勝手なことを言わず、仲たがいせず、心を一つにし思いを一つにして、固く結び合いなさい。
1:11 わたしの兄弟たち、実はあなたがたの間に争いがあると、クロエの家の人たちから知らされました。
1:12 あなたがたはめいめい、「わたしはパウロにつく」「わたしはアポロに」「わたしはケファに」「わたしはキリストに」などと言い合っているとのことです。
1:13 キリストは幾つにも分けられてしまったのですか。パウロがあなたがたのために十字架につけられたのですか。あなたがたはパウロの名によって洗礼を受けたのですか。
1:14 クリスポとガイオ以外に、あなたがたのだれにも洗礼を授けなかったことを、わたしは神に感謝しています。
1:15 だから、わたしの名によって洗礼を受けたなどと、だれも言えないはずです。
1:16 もっとも、ステファナの家の人たちにも洗礼を授けましたが、それ以外はだれにも授けた覚えはありません。
1:17 なぜなら、キリストがわたしを遣わされたのは、洗礼を授けるためではなく、福音を告げ知らせるためであり、しかも、キリストの十字架がむなしいものになってしまわぬように、言葉の知恵によらないで告げ知らせるためだからです。
1:18 十字架の言葉は、滅んでいく者にとっては愚かなものですが、わたしたち救われる者には神の力です。
「弱さを絆に生きていく」と題して、村田悦牧師に、メッセージをしていただきます。
・子どもメッセージ
新年度が始まりました。
皆さんの中には、小学校に入学する人、中学校に上がる人、新しい学年、新しいクラスで、また新しい歩みが始まるという人もいると思います。
友達ができるか、不安の中にある人もいるかもしれません。
そんな一人一人の歩みが守られるように、良い出会いがたくさん与えられるように、祈りたいと思います。
教会も、新年度、新しい歩みが始まります。
教会にとって、新年度最初の大きな行事というと、総会があります。
総会っていうのは、教会の歩みについて、みんなで話し合い、心を合わせる、大切な時です。
4月28日(日)の午後にあります。
心を合わせて、新しい歩みに出発していけるように、ぜひ、お祈りしてほしいと思いますが、
そんな私たちにとって、今日の箇所は、とても大事な箇所です。
今日から1ヶ月間、礼拝の中で、コリントの信徒への手紙を読んでいきます。
これは、パウロさんが書いた手紙です。
誰に?コリント教会という教会に集まっている人たちに向けて、書かれた手紙です。
コリント教会は、パウロさんがイエス様のことを伝える中で、生まれた教会です。
地図で確認したいと思いますが、この地図にあるように、パウロさんは、パレスチナから、地中海沿岸を回りながら、イエス様のことを伝えました。
コリント教会は、ここにあります。
地図を見るとわかるように、大陸と島を繋ぐ、ちょうど連結地点にある町です。
いろんな人たちが、日々、行き交っていました。
そんな場所にある教会ですから、集まっていた人たちも、いろんな人たちでした。
育ってきた環境も、考え方も違う。
だから、よく揉めていたようです。
この手紙が書かれた時も、教会の中に、分裂が起こっていました。
「私は、パウロさんにつく」「私は、ペトロさんにつく」「私は、アポロさんがいい」。
そうやってグループができていた。
そして、それぞれのグループが、対立しあっていました。
自分達の方が正しいとか、自分達の方が数が多いとか、そうやって、言い争いをしていたようです。
そんなコリント教会の人たちに、パウロさんは、喧嘩をせず、心を1つにするように呼びかけているんですが、さて、パウロさんは、どうやって、呼びかけたでしょうか。
一言で言うと、それは、原点回帰、原点に戻るということだと思います。
教会の原点。それは、赦しです。
赦された人たちの集まり。
弱さも欠けもそのままに、受け入れられた人たちの集まり。
それが、教会の原点です。
みんな弱いところがあり、みんな欠けているところがある。
それでもいいんだって、それでもあなたは大切だって、受け止められる場所。
それが、教会だってことを、もう一回、思い出してごらんって、パウロさんは、呼びかけたんです。
このパウロさんの呼びかけ、教会の原点を、今日、私たちも、心に留めておきたいと思います。
教会は、正しさを競う場所でも、賢さを競う場所でもありません。
弱さも欠けもそのままに、受け入れられる場所。
それが教会だってことを、今日は、心に覚えたいと思います。
お祈りします。
・私達への手紙として
子どもメッセージでも言いました通り、4月は、コリントの信徒への手紙から、メッセージを聞いていきたいと思います。
手紙の冒頭にもあるように、この手紙は、パウロとソステネが書いた手紙のようです。
ソステネについては、どういう人物か詳しくわかりませんが、おそらくはコリント教会とも関係のある人物なのだと思います。
この二人から、「主に」、コリント教会の信徒たちに宛てて書かれた手紙、それが、今日から読んでいくコリントの信徒への手紙です。
「主に」と言いましたのは、2節に記されています宛名の中に、コリント教会以外の信徒たちへ、と読み取れる言葉が記されているからです。
きっと、コリント教会だけでなく、その周辺の教会にも回覧されることを願って、パウロはこの手紙を書いたのだと思います。
なぜ、そのようなことを願って書いたのでしょうか。
手紙の中には、当時、コリント教会が抱えていた様々な課題について記されています。
そんな手紙が回覧されたら、コリント教会が問題だらけの教会だということがバレてしまいます。
パウロは、それをバラすために、この手紙を書いたのでしょうか。
決してそうではありません。
パウロは、コリント教会が抱えている課題について、コリント教会だけの課題ではない。
他の教会の課題でもある。
そう思ったからこそ、回覧されることを願ったのだと思います。
そういう意味で言うと、この手紙は、この大分教会に対して書かれた手紙でもあるということです。
もっと積極的に言うならば、私達に対して書かれた手紙なんだと、そういう想いをもって、読んでいきたいと思います。
・分派争い
早速中身に入っていきたいと思いますが、今日の箇所には、パウロがこの手紙を書いた理由の1つについて、記されています。
それは、教会内で起こっていた、分派争いでした。
11節、12節
1:11 わたしの兄弟たち、実はあなたがたの間に争いがあると、クロエの家の人たちから知らされました。
1:12 あなたがたはめいめい、「わたしはパウロにつく」「わたしはアポロに」「わたしはケファに」「わたしはキリストに」などと言い合っているとのことです。
「クロエの家の人達」がどんな人達か、これまた詳しくはわからないのですが、ともかくその人たちから、コリント教会が大変なことになっていると、パウロに連絡があったようです。
聞いてみると、「わたしはパウロにつく」「わたしはアポロにつく」と言って、派閥ができていて、さらにその派閥同士で、争い、対立が起こっているということでした。
そもそもこのコリント教会は、パウロの第二回伝道旅行で生まれた教会でした。
この地図は、第二回伝道旅行で、パウロが通った経路ですが、コリントはここにあります。
拡大してみると分かると思いますが、アカイア州とマケドニア州を繋ぐ、連結点にある町、それがコリントです。
ですから、商人たちがよく行き交っていましたし、船もよく止まっていたと言われています。
色んな人が、常に行き交っていた町、それがコリントです。
パウロはこの町に1年半滞在して、イエス様のことを語り伝えました。
その結果、生まれたのがコリント教会でした。
1年半の滞在というのは、パウロの伝道旅行の中でも、とても長い期間でありまして、その分、コリント教会に対する想いも大きいものがあったのではないかと思います。
この手紙が書かれたのは、パウロがコリントを去って2~3年後だと言われています。
その間、何人かの指導者が、コリント教会を導いていました。
アポロもそうですし、ケファもそうです。
ケファというのは、ご存知、12弟子の一人であるシモン・ペトロのことです。
ペトロというのはギリシャ語ですが、アラム語にするとケファになります。
実際に彼が、コリントに来たのかどうかはわかりませんが、ペトロの影響を強く受けた信徒たちがいたということです。
あるいは、最初に出てきましたソステネも、指導者の一人だったかもしれません。
そうやって、パウロが去った後、幾人かの指導者たちがコリント教会を導いてきたのです。
それぞれには、それぞれの立場があり、特徴がありました。
パウロは、最初、ユダヤ人に伝道しましたが、衝突があったようで、「私は異邦人の方へ行く」と言って、異邦人伝道に力を入れていきました。
アポロは、アレクサンドリア生まれのユダヤ人で、聖書に詳しく、雄弁家、人の心を動かすような話しが得意だったと言われています。
ペトロは、エルサレム教会のリーダーとして、ユダヤ人キリスト者にとっては偉大な指導者とされていました。
このように、三者三様、それぞれに特徴がありました。
ですから、人によって合う合わないは、当然あっただろうと思います。
ましてコリント教会には、ルーツや立場の異なる人達が集まっていました。
ユダヤ人もいれば、ギリシャ人も、シリア人、エジプト人もいました。
そんな中で、ユダヤ人キリスト者はペトロに、異邦人キリスト者はパウロに、話が好きな人は雄弁家のアポロに、そんなことが起こっていたのではないかと思うのです。
そして、互いに、主導権争いをしていたといことです。
「私はキリストに」という人達は、もしかすると、その主導権争いに関わりたくないと思っていた人たちだったかもしれません。
どの派閥にも属さない、教会のゴタゴタに巻き込まれたくない、そうやって横の関係を絶って、個人的な信仰生活をしていた人たちのことかもしれません。
パウロは、彼らに対しても、厳しい眼差しを向けています。
派閥をつくって、言い争いをしている人たちはもちろんですが、「私はキリストに」と言っている人たちに対しても、「心を一つにし思いを一つにして、固く結び合いなさい」と、そう言っています。
それは、彼らが、教会で起こっている争いに関わろうとせず、冷たい視線を送っていたからではないでしょうか。
このように、コリント教会の内部は、バラバラになっていたということが分かります。
コリント教会ほど、多種多様な人達が集う教会は珍しいかもしれませんが、しかし、このような課題は、どこの教会にも起こり得ることではないかと思います。
この大分教会も、これまで11人の牧師と2組の宣教師夫婦が働きを担ってきました。
当然、それぞれに特色があり、考え方も、働き方も、話し方も違うでしょう。
あの先生の説教が良かった、あの宣教師の振る舞いが忘れられない。
それぞれに、そういう想いがあると思います。
誰にバプテスマを受けたかということも、大きいでしょう。
今日の後半でパウロが問題にしていることですが、自分をバプテスマへと導いてくださった牧師には、やっぱり特別な想いを持ちやすいものだと思います。
そうやって、人間ですから、合う合わないがあるのは、当然のことです。
そして、同じ思いの人たちがグループをつくって、互いに対立してしまうのも、あり得ることだと思います。
そんな私達が、どうしたら、分裂したり、対立したりせずにすむのか。
パウロが言うように、心を一つに、思いを一つにして、固く結び合うためには、どうしたらいいのか。
・
ここで、パウロが語るのが、「十字架につけられたキリスト」です。
23節「わたしたちは、十字架につけられたキリストを宣べ伝えています」とパウロは語っています。
この箇所は、神学校で、何度も教えられてきた箇所ですが、「十字架につけられた」と言うと、過去形になりますが、これ原文で読みますと、現在完了形で、語られています。
現在完了形というのは、過去の状態が、今も続いている時に使われる形です。
イエス様が十字架につけられたのは、紀元30年ごろで、パウロがキリスト者になったのは、それから3年ほど後のことだと言われています。
ですから、パウロにとって、イエス様が十字架につけられた出来事は、過去のことに違いないのですが、パウロは、今もまだ、イエス様は、十字架にかけられたままだと言っているのです。
そのイエス様こそ、パウロの信じる、キリストの姿です。
パウロは、生前のイエス様とは、ほとんど関わりがなかったと言われています。
直接出会うことも、なかっただろうと思います。
パウロが出会ったのは、復活されたイエス様です。
でも、その姿は、十字架にかけられたままの姿でした。
元気で、力強く、なんでもできるスーパーマンではない。
この世の目で見るならば、愚かで、無力な、敗北者の姿。
それが、パウロに示されたキリストの姿でした。
・
キリストは、俺が正しい!俺が一番だ!なんて言いませんでした。
正しさも、強さも、求めませんでした。
それなのに、コリント教会の人々は、派閥をつくり、権威や正当性を争っていました。
自分達の正しさ、自分達の賢さを、誇っていました。
それは、十字架のキリストを頭とする教会の、あるべき姿ではありません。
キリストが、この世的な力や権威を求めずに生きられたのに、教会の人々は力や権威を求める。
それでは、キリストの十字架がむなしいものになってしまう。
これこそが、最もパウロが危機感を抱いたポイントでありました。
キリストは、この世的な力や権威を求めず、この世的な目で見れば、実に無力で、愚かな人として生き、死んでいきました。
しかし、パウロは、そこにこそ、真理があると信じていました。
無力さの中に神の力が、愚かさの中に神の知恵があるのだと、示されていきました。
だから、教会に集う人たちにも、そのことを大切にしてほしいと思ったのです。
強くなろうとか、大きくなろうとしなくて良い。
自分のことを誇ろうとしなくていい。
誇るならば、弱くて愚かな一人一人を、そのままで受け入れてくださった、そんな神様を誇りなさいと言っています。
・
コリント教会の人たちと同じように、私たちも、自分を誇ろうとする誘惑から、自由ではないと思います。
正しいものでありたいし、人に自慢できるものも欲しいと思うでしょう。
私は、この4月で、大分教会の牧師になって丸10年を迎えました。
10年もいますと、何か功績が欲しい、10年働いた成果が欲しい、いや、あるべきだと思ってしまいます。
バプテスマが何人とか、教会の規模が、どれだけ大きくなったとか、そういうものがあるべきだと、思ってしまう。
でも、10年振り返ってみますと、そんなものないわけです。
むしろ、自分の至らないところばかりが見えてきて、私は10年間、一体何をしてきたんだろうかと、そう思わされることばかりです。
焦りが出てきたり、苛立ちが出てきたり、悲しくなったり。
でも、今日の箇所を読みながら、それは、私にとって、幸いなことだったのかもしれないと思わされています。
教会にとっては、申し訳ないことですが、でも、もしこれで、何か、成果を出せたとか、結果を残せたとか思って、自分を誇っていたとしたら、それこそ危うい。
むしろ、とても傲慢な者になっていたかもしれません。
そういう意味では、むしろ、私にとっては良かったのかもしれない。
仕事人として、十分な成果を出せないことは、失格かもしれませんが、主の憐れみによって、また、教会の皆様の支えによって、10年間、牧師として立てられてきたと、そう思えることは、幸いなことかなとも思わされています。
自分を誇る必要などない。
誇るなら、このような私を、それでも、牧師として用いてくださる神様と、この教会を誇りなさいと言われているように感じます。
強くなろうとか、大きくなろうとしなくて良いのです。
イエス様は、そのようなもの、お求めにはなりませんでした。
弱いままで良いのです。
弱い私たちが、それでも神様によって赦され、愛され、受け止められている。
そのことを感謝しながら、弱さを絆に生きていく。
それこそが教会のあるべき姿です。
今日は、このことを、心に留めたいと思います。
お祈りいたします。