2024年1月21日世界祈祷礼拝メッセージ「背中を押されて」

聖書をお読みいたします。

聖書箇所は、使徒言行録8章26節〜31節。

新共同訳新約聖書228ページ〜229です。

8:26 さて、主の天使はフィリポに、「ここをたって南に向かい、エルサレムからガザへ下る道に行け」と言った。そこは寂しい道である。

8:27 フィリポはすぐ出かけて行った。折から、エチオピアの女王カンダケの高官で、女王の全財産の管理をしていたエチオピア人の宦官が、エルサレムに礼拝に来 て、

8:28 帰る途中であった。彼は、馬車に乗って預言者イザヤの書を朗読していた。

8:29 すると、“霊”がフィリポに、「追いかけて、あの馬車と一緒に行け」と言った。

8:30 フィリポが走り寄ると、預言者イザヤの書を朗読しているのが聞こえたので、「読んでいることがお分かりになりますか」と言った。

8:31 宦官は、「手引きしてくれる人がなければ、どうして分かりましょう」と言い、馬車に乗ってそばに座るようにフィリポに頼んだ。

「背中を押されて」と題して、エイカーズ愛牧師に、メッセージをしていただきます。

おはようございます。今朝は世界祈祷週間をおぼえての礼拝を皆さんとご一緒に捧げることができることを嬉しく思っています。日本バプテスト女性連合のホームページから世界祈祷週間を調べてみますと世界バプテスト祈祷週間献金の支援先の一番上に紹介されているのがインドネシアの野口日宇満宣教師と佳奈宣教師です。普段、日本で生活しているわたしたちには、インドネシアは遠い国であり、インドネシアの方にも会ったことがない。という方も多いと思います。以前、女性連合の月刊誌である「世の光」にも書いたことがありますが、実は現在インドネシアに派遣されている野口日宇満宣教師は福岡新生教会出身です。その福岡新生教会では、今から40年ほど前に大見誠先生という方をインドネシアに派遣しようとしていましたが、なかなか在留許可が下りず、それを待っている間に、その大見先生は亡くなるということがありました。その頃から福岡新生教会では日々の祈りの中でインドネシアに宣教師を。というものがありました。ちょうどその頃、小学生で教会に、おられたのが野口日宇満先生でした。宣教師派遣の実務の一部を、今、わたしは連盟の国外伝道臨時委員として担っていますが、宣教師派遣は色々な条件とタイミングと出会いと様々なことが一致して初めて実現する。ということを、知らされているところです。インドネシアに日本バプテスト連盟から宣教師を派遣するということになった最初のきっかけは、以前、連盟の教会音楽室の責任者をされておられた大谷レニー先生の親戚がインドネシアにおられ、またレニー先生御自身が元アメリカからの宣教師、ということで見えないところの整えを、かなりしてくださり、その道が開かれました。何の祈りも情報もない中で、「◯◯さん、インドネシアに宣教師として行ってください。」と、いくら頼まれたところで、それは難しいことでしょう。ひとつの教会で何十年にわたり積み上げられた数えきれない祈りの結果として、野口日宇満宣教師・佳奈宣教師のインドネシア派遣が実現し、また連盟がその派遣の主体としての役割を果たしている。というのが現在の状況です。

もし、野口先生に「なぜインドネシアに行こうと思われたのですか」と尋ねると、恐らく、「聖霊に背中を押された気がしました」と答えてもおかしくないほど、神さまがずっと前から、綿密に道を整え、人をつなぎ、出会わせ、そして今、インドネシアのスマランの神学校やチャンディ・バプテスト教会を中心として、イエスさまの福音を先生たちが伝えることがなされている。それを思う時に、これから10年後、20年後、持続可能なのだろうかという議論はありますけれども、それでも、神さまの御名をたたえずにはおれません。神さまのなさることは、すべてその時にかなって美しいとの御言葉を思い、感謝に満たされます。

今年度、世界祈祷週間におぼえて祈り支援をしている支援先のひとつに、パレスチナ・イスラエルのイドナ村の女性協同組合があります。世の光でもこれまで紹介されていますが、最新のニュースレターによると、パレスチナのイドナ村で部屋を借りてパレスチナの自立を目指す女性たちが刺繍の製品を作り、そして戦争開始までは、イスラエルの方々もそれに協力をして日本への発送などをしていたプロジェクトです。ニュースレターが出た

12月時点では、そこで働いていた人たちは無事でした。普段はエルサレムにあるフェアトレードのお店からの注文をベツレヘムにある配送業者まで届けますが、それが今はできないということです。こちらのイドナ村と女性連合との関わりや出会いについては、詳しくは知りませんけれども、やはり、短く言えば「聖霊に背中を押されたような体験」が様々なところで起こり、支援先に加えられたのだと思います。

今日の聖書の箇所は使徒言行録からです。イエスさまが復活された後、弟子たちが見ている前で天にあげられ雲に覆われて見えなくなった出来事の後、120人ほどの人たちが心を合わせて祈っていました。そして聖霊降臨の出来事が起こり、弟子たちが色々な国の言葉で神さまの大きな業を語りました。祭のためにエルサレムに集まっていた色々な国の人たちは、不思議に思いながら聞いたことをおぼえて、それぞれの国に帰って行きました。この様子を近くで見ていたユダヤ教徒は、後にパウロと呼ばれるサウロもですが、この新しい宗教に危機感をおぼえ、ステファノが石打ちに遭い、殺されるという事件がありました。そしてエルサレム教会に対して大規模な迫害が起こり、信徒たちはユダヤとサマリアの地方へと散らされて行きましたが、移動しながらもイエスさまのことを伝え続けていました。フィリポもその中のひとりで、サマリアで伝道をしていましたが、あるとき、天使がフィリポに現れて、エルサレムからガザへ下る道に行きなさいと命じられました。たった数日前にあのエルサレムで仲間であったステファノが殺されたところです。そこを経由してガザに下る道へ行け、というのは、普通に考えると、恐くてできないことかもしれません。けれども、不思議なことにフィリポは「はい」と即答し、しかも即座にその道へと向かいました。するとそこにエチオピアの女王の下で仕えていた宦官がイザヤ書を読んでいる場面に遭遇し、「それがわかりますか」と聞いてみると、「手引きしてくれる人がいなくては、どうしてわかるでしょうか」ということで二人の会話が始まります。そしてフィリポは、このタイミングがイエスさまの十字架の死と復活、そして昇天の直後でしたので、イエスさまが救い主として来られた。ということを臨場感を持って、また確信をもって、このエチオピア人に伝えることができました。このとき、二人は何語で話したのでしょうか。フィリポは聖書によるとガリラヤ湖の北東にある村の出身で、特にこれといった教育は受けていなかったようですが、ユダヤ教の礼拝に通っていたとすればヘブライ語は読めたかもしれません。エチオピアの高官が、離散したユダヤ人の影響の下で聖書を読むようになったとすれば古代ギリシャ語だったでしょうか。いずれにしても、旧約聖書のヘブライ語、または古代ギリシャ語を読める、ということと、話せる、ということは、別ですから、やはりここでも、この二人の両方に、あのエルサレムで120人の上に注がれた聖霊降臨の、不思義と、ガリラヤ出身の素朴な弟子たちが色々な国の言葉で話すことができた、ということが働いていたのかもしれません。

日本バプテスト女性連合が推進している世界バプテスト祈祷週間は、アメリカから中国に派遣されたロティー・ムーンを支える祈りと献金が、その元となっているということは皆さんもこれまで紙芝居やスライドなどで見られたことがあるかもしれません。日本でこの世界バプテスト祈祷週間をおぼえて皆んなで祈りを合わせ、献金を捧げましょう。という運動が始まったのは1931年です。女性連合の前身である婦人連合よりも前、日本バプテスト連盟もまだ結成される前、婦人会同盟時代にこの取り組みが開始されました。初期の頃は、女性たちが仕事をして献金を捧げるなど考えられなかった時代ですから、ある方は一定期間夕食の時に自分だけ、白ご飯を食べずに、その分のお米代を少しずつ取り分けて捧げた。ある方は鶏を飼って、その卵を売って、その売り上げを献金として捧げた。などというエピソードがあります。使徒言行録に戻りますが、エルサレムで120人ほどの人たちが集い、祈っていたところに聖霊が降り、一同が霊に満たされて伝道の業が行われて行ったのと同様に、世界バプテスト祈祷週間もまた、まずは集い祈る。その中で、ひとりひとりが、神さまの御業のために、ひとりでも多くの方々がイエスさまのことを知り、真の希望を受け取ることができるように、との願いが合わせられて、そしてその中で支援先をおぼえて献金を捧げています。

フィリポは素敵な人だったようです。あのナタナエルという若い学者のような人とイエスさまを会わせる時にも、「ナザレから何の良いものが出ようか」ということを言う難しい彼にも、「来て、見なさい」と、忍耐強く祈りをもって接して、イエスさまと引き合わせました。また、今日の箇所でも、突然、天使から南へ行きなさいと言われて、すぐに南下した訳です。けれども、今日のお話しは、いかにフィリポが素敵か、ということではありません。そうではなく、あのエルサレムでイエスさまの十字架の死、復活、昇天のあと、祈っていた人たちの上に注がれた聖霊が、彼らのうちに留まり、どこへ行っても、どのような状況にあっても彼らの背中を温かい日差しのように、温かな南風のように優しくそっと押した。という、その聖霊の働きがすばらしいと思います。

わたしが今、仕えている教会は北海道の小樽バプテスト教会で、この雪の時期は、札幌から片道1時間半ぐらい西に行ったところです。7年前に小樽教会に着任したときに、教会員の皆さんがどのあたりに住んでおられるのか。ということを知るために、北海道の札幌、小樽、また空港のある千歳の方までの地図の上で、教会員の皆さんの住んでいるところに点を書き込み、教会から直線距離で一番遠いところに住んでいる方々の家の場所をコンパスの鉛筆の部分。そして、小樽教会の場所にコンパスの中心となる針を置いて、ぐるっと大きな円を鉛筆で描き、皆さんに、「この円の中が、わたしたちの伝道範囲だと思います」と、お伝えしました。皆さん、驚いておられました。なぜかと言うと、その大きな円の中には、羊蹄山という1900メートルほどある高い山や、スキーで海外からも観光客が訪れるニセコなども入っていたからです。しかし、神さまは大変、ユーモアに富んだお方で、わたしたちの、「ここからここまでが、わたしたちの教会の伝道範囲です」という、ちっちゃな発言に対して、わたしの着任の数年後、突然ペンテコステの日に小樽市内のホテルで正社員として働いておられた東南アジアのある国から来られたバプテストの教会員の方を遣わし、その方はその翌年、小樽教会のメンバーとなりました。また、コロナ前のことですが、突然ロシアの樺太からロシアのバプテストの教会のメンバーという若いご一家が旅の途中に礼拝に出席してくださいました。また、昨年秋には教会の近くで外国人観光客向けの宿を経営しておられる韓国人の方の入会があったり、先週は小樽商業大学に留学しているフランス人の方が礼拝に出席されました。わたしたち小樽の教会員と、それぞれの国の方々の言葉はバラバラで、それぞれの言葉で聖書も持っていたりするのですが、それでも、日曜の朝、共に会堂に集い、言葉が100パーセント理解し合うことができなくても、喜んで神さまの御前に集い、祈り、聖書の御言葉に聴き、賛美する。ということができています。ここ5年ほどの間に小樽教会の礼拝に初めて出席する。という方々は、そのほとんどがインターネットで、小樽。という言葉と教会という言葉で検索。もしくは、小樽。とバプテスト。で検索をして来てくださっています。小樽市内には15ほどの色々な教派の教会がありますが、それでも、ホームページへのリンクをグーグルマップの情報のところに付けていますので、そこからホームページを覗いてみて、自分の信じる信仰と一番近い。と言って、先月の礼拝に突然フィリピン人の方が来られたということもありました。神さまは、わたしたちの描く小さな枠など関係なしに大胆に働かれ、福音宣教の業を前進なさるお方なのだ、ということを、特に小樽で仕えるようになって教えられています。

わたしは北海道に住んで10年が経ちますが、先日この近所を散歩していてショックなことがありました。それは、すぐそこの大分城址公園と県庁の前あたりに宣教師のフランシスコ・ザビエルの銅像が何箇所かに立っているのを見て喜んでいたときのことです。最初に見た銅像はヴィオラのような弦楽器を弾いているザビエルで、素敵だと思いました。そして信号を渡ると、今度はザビエルの立っている背景に世界地図がありましたが、おそらく作者は、ここ九州の大分を中心にデザインしたということもわかるのですが、その地図では北海道が切れて省略されていました。実は、今日の聖書箇所に登場するエチオピア人の宦官と呼ばれている人の「エチオピア」も、そのザビエルの地図には描かれてもいない「伝道対象外」のような場所でした。実は今日の信徒言行録の箇所に書かれている「エチオピア」は現在の「エチオピア」のことではなく、エジプトのすぐ南側にあるスーダンの位置だったとする説が有力です。そして、そのような場所は、わたしの持っています聖書の後方のどの地図を見ても、入っていません。エルサレムを中心とするパレスチナの世界に住む、イスラエルに住む人たちにとっては、普段の意識の片隅にさえない「エチオピア」からの礼拝者が、今日の箇所では注目されているのです。

このエチオピアからの女王の下で仕えていた宦官は、エルサレムでの礼拝の帰りだったと書かれていますので、ユダヤ教の礼拝の帰りだったと想定することができます。読んでいたのもイザヤ書の箇所でしたから、間違なくユダヤ教の礼拝の帰りだったことでしょう。しかし、完全にユダヤ教徒となる。いわゆる「ユダヤ人」になるには、男性の場合、割礼を受けていないと認められない律法がありましたから、それができない宦官という立場の人は、決して「ユダヤ人」と認められることはなく、当時は礼拝を遠巻きに見てよく礼拝し、よく学ぶ、そして律法をできる限り日常生活において実践できるものはする。という「神を畏れる人」と新約聖書には登場する、そういう人だったようです。ユダヤ教徒として決して認められることのない人、そして、地理的にも、ユダヤ教徒にとっても、キリスト教徒にとっても、主要な地名の載る地図にも登場しないところに住んでいた人が、フィリポが聖霊に導かれて遣わされ、出会い、聖書を教え、バプテスマを授けた相手でした。 エチオピアの宦官がエルサレムでの礼拝の帰り道、馬車に乗り、イザヤ書の言葉を音読しているときに、フィリポがその側に遣わされました。ものすごいタイミングで彼らは出会わされています。そして、フィリポはその馬車に走り寄ったと、さらっと書いていますが、馬車の速さに合わせて走り寄ることができる。というのは、フィリポがかなり足が速かったのではないかと、少しコミカルにわたしは感じるところです。フィリポは、この馬車に乗った人に「読んでいることが、お分かりになりますか」と尋ねました。ある解説によると、ここでフィリポは最大限に謙遜で、控え目に、しかし知的にこのことを丁寧語で尋ねた」と、ありました。そして相手はエチオピアの政府の高官ですから、彼の答え方も、ただ「わかりません」だけではなく、「手引きしてくれる人がいなくては、どうしてわかりましょう」と言って、横に座るようフィリポに頼み、フィリポはイエスさまについての福音を、このイザヤ書の御言葉から解き明かしたということです。この後、このエチオピア人の方はフィリポからバプテスマを受けます。今でも、その場所だったとされるところが遺跡として残っていて、水が溜まる場所があります。彼はエチオピアに帰って、自分が直(じか)にフィリポから聞いたこと、また自分自身のフィリポとの不思議な出会いについても、地元に帰って多くの人たちに伝えたのだと思います。

今日は世界祈祷礼拝として、世界祈祷週間の祈りと献金のアピールもなされました。世界祈祷週間をおぼえるにあたり、今日の聖書の御言葉から受けたことが3つあります。それは、第1に、共に集い祈るときに、そこに聖霊が注がれる。ということです。二人または三人が、わたしの名により集うところに、わたしもまた、おるのである。との御言葉の通りです。集い、祈るときに聖霊が注がれる。これは矢印で言えば、上から下でしょうか。そして、第2に、エチオピアの宦官がフィリピに、横に座って教えてくださいと頼んだときのように、横につながる。ということが世界祈祷週間に覚えたい2つめのことです。わたしたちは、今日、もし聖霊から背中を押されて、そして、それは嫌な感じでプレッシャーで嫌々ではなく、暖かで心地よい南風のような大きな神さまの御手で背中を押されて、誰かの隣に座って、イエスさまのこと、教えてくださいと頼まれたら、短く、伝わるように、心込めて お話しをする用意はできているでしょうか?これは、あえて矢印で言えば、横向きの矢印のイメージでしょうか。そして、世界祈祷週間におぼえたい、世界伝道を考える際に大切な第3のポイントは、イエスさまの言われた「わたしは地上から上げられるとき、すべての人を自分のもとへ引き寄せよう。」という約束です。矢印で表現するなら、下から上です。イエスさまが十字架につけられ、その十字架が立てられたとき、イエスさまの足の位置は、地上から高くされた場所にまで上げられていました。重力がありますから、人間の足は、普通ならば地面についているはずです。でも、本当に不自然なことに、イエスさまは、その十字架の死の場面で、その足は、少し高くされたところに、上げられていました。そして、そのイエスさまの死と復活を通して、わたしたち、そして、あのエチオピアの高官のような、いろんな意味でアウェーであり異邦人であった人にも、永遠の命の約束と喜びが与えられました。誰も、自分の努力や信仰深さや何人にイエスさまのことを直接話せたか、ということで、終わりのときにイエスさまと共に神さまのところへと確実に上げられてゆくのかが決まる訳ではありません。ただ、確実に約束されていることは、イエスさまが、その憐れみによって、すべての人をイエスさまの元へと引き寄せて、神さまのもとへと共に引き上げてくださる。ということです。

わたしたちは、この世界祈祷週間をおぼえる一週間だけでなく、いつも、この3つの矢印を覚えて大切にしたいと思います。上から下にと、祈るものたちの元に神さまは聖霊をくださること。そして横方向への矢印は、聖霊に背中を押されたときに走って馬車に飛び乗ったフィリポのように、イエスさまのことを話す準備がいつもできていること。3つ目の下から上の矢印は、最終的には神さまがイエスさまの元に、つまりイエスさまのからだと呼ばれているのは、教会であり、信じる者たちの集いですけれども、それらにすべての人を引き寄せて、上に引き上げてくださる。その天を仰ぎ、希望を抱いて喜ぶ信仰をもって、また一歩、前へと今週も歩ませていただきましょう。

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