信仰告白

 キリスト教会の「信仰告白」とは、教会が(クリスチャンが)何をどのように信じるかを言い表したものです。

わたしたち大分キリスト教会は、健全で正統なプロテスタントの流れを受け継ぐキリスト教会として、1950年に教会としての信仰告白を定め、教会を組織しました。

しかし、2010年に教会組織60周年を迎えたこともあり、大分教会に集う私たちの信仰を改めて吟味、確認しあい、2011年10月2日の教会総会において、これを改定したものです。

私たちはイエス・キリストにより贖われ、新しく生まれた者として以下のことを信じます。

1.聖書

聖書は、神の霊の導きを受けた人々によって書かれ、神による福音の真理を明らかにするものです。聖書こそ、私たちの信仰と生活のよりどころであり、誤りのない唯一の基準です。

2.神

神は、唯一であり、万物の創造主、全知全能、永遠の存在、父・子・聖霊という三位一体の神です。神は愛であり、義をもって天地を支配される方です。

3.人間の罪

神はご自分にかたどって人間を創造されました。しかし、人間は神への不従順によって罪に堕ち、死に至るものとなりました。永遠の滅亡が定められた罪ある人間は、どんなに努力しても神の愛と恵みによる十字架の贖い以外、救いを得ることはできません。

4.救い

すべての人は永遠の滅びに定められていますが、神はひとり子イエス・キリストをお与えになるほどに世を愛されました。イエス・キリストは、罪ある者の身代わりとして十字架上で死に、葬られました。しかし、三日目に死人の中から復活し、天に上げられ、今も私たちのために執り成してくださいます。私たちは、イエス・キリストの十字架の死による贖いを信じる信仰によって、罪が赦され、永遠の命が与えられます。

5.悔い改めと新生

聖霊は私たちの罪を明らかにし、悔い改めをうながします。私たちは、自らの罪を認め、悔い改めてイエス・キリストを救い主として受け入れる時、変えられて新しい人生を歩み始めます。こうした新たに生まれるという体験は、すべて神の選びと聖霊の導きによるものであり、自らの力によるのではなく、神の賜物です。

6.キリスト者の生活

キリスト者、すなわち新たに生まれた者の生活とは、御子の姿に似たものに変えられていく生活であり、神の恵みの中に生かされていることを体験し、救いの喜びと確信が増し加わる生活です。私たちは、絶えず祈り、御言葉を学び、感謝して礼拝を捧げ、地の塩、世の光として良い証し人として歩みます。

7.主の日

主イエス・キリストは、「終わりの日」の預言を成就するものとして、週の初めの日に死者の中から復活され、弟子たちのところへ来て「平和があるように」と言われました。このことを記念して、週の初めの日、すなわち日曜日を主の日として礼拝を捧げ、主と共に生きる歩みを始めます。

8.教会

教会は、イエス・キリストを救い主と告白し、バプテスマを受けたキリスト者による信仰共同体であり、キリストの体です。すべてにおいてすべてを満たしている方に選ばれた聖なる民として神を礼拝します。教会は、神の家族としての交わりを保ち、聖霊の示しに従った信徒の総意に基づいて運営され、聖霊の働きの自由さにおいて自主独立であり、イエス・キリストの和解において他の教会と協力します。私たちは、全世界にイエス・キリストの福音を宣教し、神の戒めを守るよう教え、信仰と希望と愛によって良き証人となります。

9.バプテスマ

バプテスマは、イエス・キリストの死と復活を自らの言葉と行いにより表す生きた証しであり、新たに生れた者として生きるための第一歩です。従ってバプテスマは、救いを経験した者が、教会に加わるための礼典として、信仰告白をした後に行われ、その方法は父と子と聖霊の御名によって行われる浸礼を原則とします。

10.主の晩餐

主の晩餐は私たちの罪の赦しと救いのために十字架で裂かれたイエス・キリストの肉体と、流された尊い血とを記念する礼典です。主の晩餐に与る者は自らを吟味し、赦された者としての喜びを分かち合い、主の再臨の時を待ち望みつつ、宣教へと遣わされて行きます。

11.国家

神に由来しない権威はなく、国家も神によって立てられたものです。それゆえ国家は、神の創造の秩序を維持し、人としての尊厳を守り、他の国々との平和的関係を保つために存在すべきです。私たちは、政教分離の原則を重んじつつ、イエス・キリストの御旨に沿うよう国家のために祈り、自らの義務を果たします。

12.終末

この世の終末の時には、キリストは王の王、主の主として神の栄光のうちに再び来られ、すべてのものを審判されます。そして、その時には、現在の天と地とは過ぎ去り、主の民のために新しい天と新しい地とが備えられ、神の完全なる救いが成就します。私たちはこの終末を待ち望みつつ、世に福音を伝えます。マラナ・タ(主よ、来てください)。

参考聖句

<聖書>

Ⅱテモテ3:15b~16、Ⅰペテロ1:12

<神>

創世記1:1、申命記6:4、ローマ3:22、ヨハネ14:16~17、Ⅰヨハネ4:16

<人間の罪>

創世記1:26a、創世記2:16、17、

ローマ6:23

<救い>

ヨハネ3:16、Ⅰコリント15:3~4、

ローマ3:22、ヘブライ7:25

<悔い改めと新生>

ヨハネ3:5~8、ヨハネ16:8、

エフェソ1:4~5、エフェソ2:8~9

<キリスト者の生活>

ローマ8:28~30、コロサイ2:6~7、

マタイ5:13~16

<主の日>

マルコ16:9、ヨハネ20:19、

使徒20:7

<教会>

エフェソ1:22~23、

エフェソ2:19~22、

マタイ28:18~20、

マタイ25:31~46

<バプテスマ>

マタイ28:18~20、

使徒8:36~39、ローマ6:4

<主の晩餐>

マルコ14:22~26、

Ⅰコリント11:23~26

<国家>

マルコ12:13~17、ローマ13:1~7

<終末>

マタイ24:36~42、

Ⅰテサロニケ5:1~11、

Ⅱペトロ3:8~13、

黙示録21:1~4、黙示録22:20

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