2023年9月3日礼拝メッセージ「祈りは無駄に終わらない」

聖書をお読みいたします。

聖書箇所は、ルカによる福音書11章5節〜13節。

新共同訳新約聖書127ページ〜128ページです。

11:5 また、弟子たちに言われた。「あなたがたのうちのだれかに友達がいて、真夜中にその人のところに行き、次のように言ったとしよう。『友よ、パンを三つ貸してください。

11:6 旅行中の友達がわたしのところに立ち寄ったが、何も出すものがないのです。』

11:7 すると、その人は家の中から答えるにちがいない。『面倒をかけないでください。もう戸は閉めたし、子供たちはわたしのそばで寝ています。起きてあなたに何かをあげるわけにはいきません。』

11:8 しかし、言っておく。その人は、友達だからということでは起きて何か与えるようなことはなくても、しつように頼めば、起きて来て必要なものは何でも与えるであろう。

11:9 そこで、わたしは言っておく。求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。

11:10 だれでも、求める者は受け、探す者は見つけ、門をたたく者には開かれる。

11:11 あなたがたの中に、魚を欲しがる子供に、魚の代わりに蛇を与える父親がいるだろうか。

11:12 また、卵を欲しがるのに、さそりを与える父親がいるだろうか。

11:13 このように、あなたがたは悪い者でありながらも、自分の子供には良い物を与えることを知っている。まして天の父は求める者に聖霊を与えてくださる。」

「祈りは無駄に終わらない」と題して、村田悦牧師に、メッセージをしていただきます。

・子どもメッセージ

おはようございます。

今日もまず、子どもメッセージをしたいと思いますが、先週に続いて、今日も、お祈りについて話したいと思います。

先週は、イエス様のお祈りを学びましたが、今日は、パウロさんのお祈りから学んでいきたいと思います。

パウロさんについては、皆さん聞いたことがあるでしょうか。

パウロさんというのは、復活したイエス様と出会って、人生を変えられて、世界中の人たちに、イエス様のことを伝えた人です。

キリスト教の歴史の中では、欠かすことができない人ですけれども、

聖書には、そんなパウロさんのお祈りの話が書かれています。

どんな話か。

結論からいうと、祈っても、願いが叶わなかったというお話です。

パウロさんは、何らかの病気に苦しんでいました。

どんな病気か、詳しいことはわかりませんが、棘が刺さったような痛みがあったそうです。

パウロさんは、その棘がなくなりますようにって、何度も何度も、一生懸命祈りました。

でも、残念ながら、その棘がなくなることはありませんでした。

聖書には、願いを叶えてくれるイエス様のお話が、たくさん書かれています。

目の見えない人を見えるようになったり、足の不自由な人を歩けるようになったり。

でも、パウロさんの願いは、叶えられませんでした。

祈っても、願いが叶わない。

現実は、そういうことの方が多いかもしれません。

祈っても、病気が治らないこともあるし、祈っても、うまくいかないこともある。

祈ったって無駄じゃないか。

神様、全然、聞いてくれないじゃないか。

私も、そう思ったことがあります。

中学3年の夏。部活の最後の大会直前、練習中に、怪我をしました。

すぐに病院に運ばれて、レントゲンを撮りました。

待合室で待っている間、私はずっと祈っていました。

大会に出られますように。大した怪我じゃありませんように。一生懸命祈っていました。

でも、お医者さんから、靭帯が切れてるって言われました。

試合なんてとんでもない、治るまで3ヶ月かかりますって言われました。

本当に、ショックでした。

神様、何でって、思いました。

そんな経験が、もしかしたら、みんなにも、あるかもしれません。

祈っても無駄なんでしょうか。

祈る意味ってなんなのでしょうか。

実は、パウロさんのお話には、続きがあります。

確かに、パウロさんの願いは叶わなかったんですが、その代わりにパウロさんは、イエス様から、あるメッセージを与えられました。

それは、「わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」というメッセージでした。

「苦しい時こそ、そばにいる」「辛い時こそ、共にいる」。

パウロさんは、祈りの中で、そういうメッセージを受け取っていったんです。

それ以来、パウロさんは、病気のことを、イエス様が共にいるしるしだって思うようになって、なくなって欲しいと思っていた病気のことを、誇りに思うようになっていきました。

そういうふうに、祈りが聞かれていくこともあるんです。

願い通りじゃないけど、違う形で、祈りが聞かれていくということがあるんです。

願った通りにならないから、神様なんていない、祈っても意味がないって思うんじゃなくて、

神様は、どう応えておられるのか。どう働いておられるのか。

そのことを、聞き取っていくものでありたいと思います。

神様は、私たちの祈りを、必ず聞いてくださっています。

だから、私たちも、神様からの応えを、しっかり受け取っていくものでありたいと思います。

お祈りします。

・たとえ話

今日の箇所は、イエス様のたとえ話から始まります。

イエス様は弟子たちに、こんなふうに語りかけました。11章5節から、

11:5 また、弟子たちに言われた。「あなたがたのうちのだれかに友達がいて、真夜中にその人のところに行き、次のように言ったとしよう。『友よ、パンを三つ貸してください。

11:6 旅行中の友達がわたしのところに立ち寄ったが、何も出すものがないのです。』

真夜中に、旅人のパンを用意しなければならない。

私たちには、なかなかない状況だと思います。

ただ、当時は、暑さを避けるために、日が暮れてから旅をする者もいたようですから、こういうことも時々にあったんでしょう。

でも、パンがない。

時刻はすでに真夜中。

迷惑なのを承知で、友達のところに行って頼むわけです。

「パンを三つ貸してください。旅行中の友のために、何も出すものがないんです。」

11:7 すると、その人は家の中から答えるにちがいない。『面倒をかけないでください。もう戸は閉めたし、子供たちはわたしのそばで寝ています。起きてあなたに何かをあげるわけにはいきません。』

時刻は真夜中。

戸は閉めたし、子供達はもう寝ている。

この言い方からすると、当時の扉は、簡単に開けたり閉めたりできるものではなかったんでしょう。

もう戸は閉めてしまった。

子どもたちも、私のそばで寝ている。

これは、私も気持ちがわかります。

真夜中に、ピンポン押されるようなものです。

子どもたちが起きちゃうから、もう帰ってくれということでしょう。

当然、そのように断られるだろうと、イエス様はいうわけです。

でも、問題は次の箇所です。

11:8 しかし、言っておく。その人は、友達だからということでは起きて何か与えるようなことはなくても、しつように頼めば、起きて来て必要なものは何でも与えるであろう。

11:9 そこで、わたしは言っておく。求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。

どんなに断られても諦めず、執拗に頼めば与えてくれるだろうというわけです。

「しつように」という言葉について、ある解説書には、「恥知らずに図々しくすること」、「度を超えてしつこく言いつのること」と書かれていました。

確かに、そうすればもらえるでしょう。

でも、実際にそんなことをしたら、失うものも大きいと思います。

された方からすれば、大変迷惑な話です。

でも、イエス様は、神様に対しては、そうしなさいと仰っているんです。

人にではありませんよ。

人にしたらどうなるか、わかりませんけど、神様に対してはしていい。いや、しなさいと、言われているんです。

神様に対しては、断られても諦めずに求めなさい。

恥知らずに図々しく、度を超えてしつこく求めなさい。

そうすれば与えられるからと、そういうわけです。

・あきらめずに祈り続けることの大切さ

まず何より、そんなにも強く求めたことがあっただろうかと思わされます。

真夜中に、友達の家のパンを求めるなんて、とてもできることじゃありません。

しかも、執拗に求め続けるなんて、そんなことをしたら、友達との関係が壊れてしまいます。

相手にどう思われるかわかりませんし、どんな噂が広がるもかわかりません。

それだけのリスクをかけて、それでも求めるということですから、相当なことです。

相当追い詰められているか、何としてでも手に入れるという強い想いがなければできないことでしょう。

それだけの想いをかけて、神様に祈ったり、求めたりしたことがあるでしょうか。

イエス様が仰っているのは、それぐらい強い想いをもって、祈り続けなさいということです。

中途半端ではいけない。与えられるまで祈り続ける。

そんな想いで、神様に求めなさいということです。

・祈っても・・・

しかし、一方で思うのは、一生懸命求めれば、なんでも与えられるのかということです。

どんなに強い想いをもって祈っても、叶わないことだってあるだろうと思ってしまいます。

まあ、そう思う時点で、イエス様が仰るような求め方はできないのかもしれませんが、

しかし、実際、切実に、真剣に祈っておられるのに、叶えられなかった人たちの涙を見てきました。

もう何年も祈り続けているのに、状況が全く変わらない。

「祈りが聞かれた、祈って病気が回復した、そんな証しを聞きながら、私もと思って祈るけど、先生、なんで、私の祈りは聞かれないんですか。

何で私の病気は治らないんですか。

私の祈り方が悪いんですか。祈る時間が足りないんですか。先生、教えてください。」

そう言われて、何も言えなかったことがあります。

もし、イエス様だったら、何てお応えになったでしょうか。

その方の涙に対して、なんて応えられたんでしょうか。

・願った通りのものが与えられるとは書かれていない

ここで注目したいことがあります。

それは、イエス様が、願った通りのものが与えられるとは、仰っていないということです。

そんなの屁理屈だって思われる方もいらっしゃるかもいしれませんが、でも、確かに、そうなんです。

「求めなさい、そうすれば、与えられる」とは書いていますが、願った通りのものが与えられるとは書かれていません。

友人にパンを求めた場合も、「必要なものが与えられる」となっていますし、

父親も、自分の子供には「良い物を与える」と書かれています。

そして、決定的なのは、最後の箇所です。

「まして天の父は求める者に聖霊を与えてくださる」と、記されています。

聖霊を与えるとは、一体どういうことでしょうか。

・パウロの祈り

そのことを考える時に、私が思い出したのが、先ほど子どもメッセージで話しました、パウロの祈りでした。

パウロは、自分に与えられた棘(何らかの病だと思われますが)、その棘がなくなるようにと祈りました。

何度も何度も、強く、そのことを願いました。

でも、その願いが叶うことはありませんでした。

しかし、それで終わりでもなかったんです。

祈りを通して、パウロは、「わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」というメッセージを受け取っていきました。

「苦しい時こそ、そばにいる」「辛い時こそ、共にいる」そんなイエス様に、気づかされていったんです。

そして、それによって、なくなって欲しいと思っていた棘に対する認識、棘を見る目が変えられていきました。

消えてなくなって欲しいと思っていた棘は、イエス様が共にいるしるしであり、パウロにとっての誇りとなっていきました。

これこそまさに、聖霊がもたらす恵みであると思います。

・聖霊は私たちをつくりかえる

聖霊の働きというのは、私たちを新しくすることです。

私たちに信仰を与え、私たちを新しい生き方へと押し出していく。

それが、聖霊のもたらす恵みです。

まさにパウロは、祈りを通して、自分自身が変えられていくという経験をしました。

病気は癒やされませんでしたが、その病気に対する認識が変えられていきました。

これも、祈りが聞かれたということではないでしょうか。

私たちはよく、願った通りになった時に、祈りが聞かれたと言い、そうでない時に、聞かれなかったと言いますが、そうではないのだと思います。

神様は、どんな祈りも、ちゃんと聞いてくださっている。

そして、答えてくださっている。

その答えは、私たちの願うような形ではないかもしれません。

でも、間違いなく、答えてくださっている。

問題は、どうやってその答えに辿り着くかということです。

簡単に辿り着くこともあるかもしれませんが、長い時間がかかることもあるでしょう。

パウロは、祈り続ける中で、その答えに、気づいていきました。

こういうことは、中途半端に祈っても起こらないことだと思います。

祈り続け、葛藤し続ける中で、起こされていくことなのだろうと思います。

それこそ、諦めずに、祈り続けていく。

時に、神様と格闘するようなこともあるでしょう。

そうやって、神様の答えを求めていく。

その時に、与えられていくものなのだと思います。

いずれにせよ、祈りが、無駄に終わることはありません。

神様は、必ず、応えてくださる。

私たちの思うようなかたちではないかもしれませんが、それでも神様は、必ず応えてくださる。

私たちに必要なものを、良いものを、聖霊を与えてくださる。

そのことを覚えて、祈り求めていきましょう。

お祈りします。

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