2026年2月15日主日礼拝「大事なことを、大事にし続けていくために」

聖書をお読みいたします。

聖書箇所は、出エジプト記18章13節〜26節です。

18:13 翌日になって、モーセは座に着いて民を裁いたが、民は朝から晩までモーセの裁きを待って並んでいた。

18:14 モーセのしゅうとは、彼が民のために行っているすべてのことを見て、「あなたが民のためにしているこのやり方はどうしたことか。なぜ、あなた一人だけが座に着いて、民は朝から晩まであなたの裁きを待って並んでいるのか」と尋ねた。

18:15 モーセはしゅうとに、「民は、神に問うためにわたしのところに来るのです。

18:16 彼らの間に何か事件が起こると、わたしのところに来ますので、わたしはそれぞれの間を裁き、また、神の掟と指示とを知らせるのです」と答えた。

18:17 モーセのしゅうとは言った。「あなたのやり方は良くない。

18:18 あなた自身も、あなたを訪ねて来る民も、きっと疲れ果ててしまうだろう。このやり方ではあなたの荷が重すぎて、一人では負いきれないからだ。

18:19 わたしの言うことを聞きなさい。助言をしよう。神があなたと共におられるように。あなたが民に代わって神の前に立って事件について神に述べ、

18:20 彼らに掟と指示を示して、彼らの歩むべき道となすべき事を教えなさい。

18:21 あなたは、民全員の中から、神を畏れる有能な人で、不正な利得を憎み、信頼に値する人物を/選び、千人隊長、百人隊長、五十人隊長、十人隊長として民の上に立てなさい。

18:22 平素は彼らに民を裁かせ、大きな事件があったときだけ、あなたのもとに持って来させる。小さな事件は彼ら自身で裁かせ、あなたの負担を軽くし、あなたと共に彼らに分担させなさい。

18:23 もし、あなたがこのやり方を実行し、神があなたに命令を与えてくださるならば、あなたは任に堪えることができ、この民も皆、安心して自分の所へ帰ることができよう。」

18:24 モーセはしゅうとの言うことを聞き入れ、その勧めのとおりにし、

18:25 全イスラエルの中から有能な人々を選び、彼らを民の長、すなわち、千人隊長、百人隊長、五十人隊長、十人隊長とした。

18:26 こうして、平素は彼らが民を裁いた。難しい事件はモーセのもとに持って来たが、小さい事件はすべて、彼ら自身が裁いた。

「大事なことを、大事にし続けていくために」と題して、村田悦牧師に、メッセージをしていただきます。

・子どもメッセージ

おはようございます。

今日も子どもメッセージからしたいと思いますが、今日は、モーセの話をしたいと思います。

モーセといえば、神様によって立てられたイスラエルのリーダーです。

神様に導かれながら、イスラエルの人々を、エジプトから解放したりしました。

それで、みんなは、モーセを頼りにしました。

困ったことがあったら、モーセのところに行き、助けてもらいました。

喧嘩が起こった時にも、モーセのところに行き、解決してもらっていました。

そんなふうに人々が、モーセのところにやってくるので、モーセの前には、いつも行列ができていました。

モーセは、そんな人々の話を、朝から晩まで、ずーっと聞いていました。

疲れることもあったけど、みんなの期待に応えたいと思って、モーセも頑張っていました。

でも、そんなモーセのことを見て、エトロというおじいちゃんが言いました。

「あなたのやり方は良くない。」

エトロおじいちゃんは、モーセが頑張っているのを見て、「あなたのやり方は良くない」って言いました。

モーセは言いました。

「何が良くないんですか。

人々は私のことを頼って、朝から晩までやってきます。

私は、そんな人々の言うことを、一生懸命聞いているんです。

何がいけないって言うんですか。」

エトロは言いました。

「自分の姿を見てごらん。

あなたは、働きすぎて、疲れ切っている。

家の前で待っている人たちだってそうだ。

長い時間待ちすぎて、ひどく疲れている。

このままでは、あなたも人々も、みんな倒れてしまうだろう。」

「じゃあ、どうしたらいいんですか」モーセが聞くと、エトロは言いました。

「あなたの重荷を分けなさい。

大事なことはあなたがしたらいい。

でも、それ以外のことは、他の人に任せなさい。

あなたの働きを手伝ってくれる仲間を選んで、あなたの働きを手伝ってもらいなさい。

そうすれば、やるべきことに集中できるだろう。」エトロは、そう答えました。

モーセの何が間違っていたか、わかったでしょうか。

一生懸命働いたり、頑張ることは、決して、間違いじゃありません。

間違っていたのは、やり方でした。

全部一人でやっていた。全部一人で背負い込んでいた。

そのせいで、モーセもそうだけど、人々も疲れ切っていました。

そんなモーセにエトロが言ったのは、「全部一人でやろうとしなくていい」ってことでした。

全部一人でやろうとしなくていい。任せていい。

仲間がいるなら仲間に、いない時には、神様に任せていい。

聖書はそう教えています。

皆さんは、どうでしょうか。

モーセのように、一人で頑張りすぎちゃうことがないでしょうか。

あれもこれも全部一人で背負わなきゃって思って、苦しくなってしまうことが、ないでしょうか。

そんな時には、任せていいっていうことを思い出してほしいと思います。

仲間がいるなら仲間に。

いない時でも、神様に任せていい。

神様は、私たちがつぶれないように、支えてくださる方です。

今日はそのことを、心に覚えておきましょう。

お祈りします。

・導入

私たちは日々、多くのものを背負いながら生きています。

仕事や家事、育児や介護、教会の奉仕や地域の役割を担うこともあります。

どれも大事なことだと思いますが、そうやって引き受けているうちに、気づけば一杯一杯になっている。

背負いきれなくなっているということは、ないでしょうか。

一生懸命頑張ることは、決して悪いことではありません。

しかし、その頑張り方、やり方次第では、自分も、そして周りも、苦しめてしまうことがある。

今日の聖書の箇所は、そう私たちに語りかけています。

どうしたら、そうならずに済むのでしょうか。

一生懸命働いていたモーセに、自分を重ねながら、聖書の言葉に、耳を傾けていきたいと思います。

・頑張るモーセ

先週から、私たちは、荒れ野を旅するイスラエルの物語を読んでいます。

エジプトから解放されたイスラエルの民は、約束の地カナンを目指し、荒れ野へと進んでいくのですが、そこには、様々な困難がありました。

食べるものがなくなったり、飲むものがなくなったり、敵に襲われることもありました。

その度に、民はモーセに不平を訴えました。

厳しい旅路の中で、民の間でも揉め事が多く、モーセは、その仲裁もしていました。

朝から晩まで、モーセは、休むことなく働いていました。

その姿を見て、義理の父親であるエトロは言うわけです。

14節「あなたが民のためにしているこのやり方はどうしたことか。

なぜ、あなた一人だけが座に着いて、民は朝から晩まであなたの裁きを待って並んでいるのか。」

ご存知の通り、モーセは、イスラエルの民を導く指導者として、たくさんの重荷を担っていました。

預言者として神の言葉を受け取り、伝えるという働き。

霊的指導者として法と掟に従って生きるように教えるという働き。

敵に襲われた時には、軍事的指導者としての働きも担い、民の間に揉め事が起こった時には、裁判官としての役割も担っていました。

しかも、全てを一人で担っていました。

モーセは、それが「民のため」になっていると思っていました。

イスラエルの民のために、どんなに疲れても、どんなに苦しくても、頑張るんだ。

そうやって一生懸命働いていたモーセに、エトロは言うわけです。

17節、18節「あなたのやり方は良くない。 あなた自身も、あなたを訪ねて来る民も、きっと疲れ果ててしまうだろう。このやり方ではあなたの荷が重すぎて、一人では負いきれないからだ。」

・問題は「やり方」

モーセが間違っていたのは、その使命感ではなく、「やり方」でした。

モーセは、与えられた使命を、一生懸命果たそうとしていました。

それは、決して間違ったことではありません。

問題は、その使命を「一人で」果たそうとしていたことです。

それは、モーセだけでなく、民にとっても良くないことでした。

モーセが一人で裁きを行っていたことによって、民は、その裁きを待たなければなりませんでした。

そして、結果的にモーセは、民を疲れさせることになっていたのです。

とても残念なことですが、よくあることだと思います。

私も、度々、そういう失敗をしてきました。

私が神学生だった時の話ですが、東日本大震災がありまして、私は、被災地支援の担当になりました。

勉強の合間を縫って、被災地の教会とやり取りをしたり、学生たちにその情報を共有したり、被災地支援の準備をしていました。

そして、2011年の夏休み、神学部学生会で、被災地支援に行きました。

私は、先遣隊で、先に福島に入っていまして、そこで参加者と合流することになっていたのですが、合流するその日の朝、なんだか熱っぽいなと思って熱を測ると、38度を超えていました。

私は、支援先の教会の方々に、病院に連れて行ってもらい、看病してもらいました。

神学生たちにも、迷惑をかけることになってしまいました。

このような失敗を、度々繰り返してしまっている私にとって、今日のエトロの言葉は、非常に胸に刺さります。

「あなたのやり方は良くない。

あなた自身も、あなたを訪ねて来る民も、きっと疲れ果ててしまうだろう。

このやり方ではあなたの荷が重すぎて、一人では負いきれないからだ。」

一人で負いきれる量には、限界があります。

モーセは、その限界を超えて、背負ってしまっていたわけです。

・重荷を分かち合う

エトロは、そのことを、しっかりと見つめ、「良くない」と言うだけでなく、その課題を解決するために、助言もしています。

どういう助言かというと、それは、信頼をもって、働きを委ねなさいという助言です。

21節、22節

あなたは、民全員の中から、神を畏れる有能な人で、不正な利得を憎み、信頼に値する人物を/選び、千人隊長、百人隊長、五十人隊長、十人隊長として民の上に立てなさい。

平素は彼らに民を裁かせ、大きな事件があったときだけ、あなたのもとに持って来させる。小さな事件は彼ら自身で裁かせ、あなたの負担を軽くし、あなたと共に彼らに分担させなさい。

一人でやっていることを、信頼できる仲間に分担しなさい。

一人で背負うのではなく、みんなで背負うように、整えなさいということです。

そうすることで、モーセは「任に堪えることができ、民も安心する」と言われています。

・大事なことを大事にし続けていくために

大事なのは、任に堪えること。

与えられた働きを、しっかりと担い続けることです。

モーセには、神の言葉を民に伝えるという働きがありました。

それは、モーセにしかできないことで、荒れ野を旅する民にとって、欠かすことのできない働きでした。

この働きを続けていくために、エトロは、重荷を分かち合うようにと、勧めたのです。

この重荷を分かち合うということは、特に、教会をたて上げていく時に、必要不可欠なことです。

パウロは、教会をキリストの体だと言い、そこに集う一人一人を、その部分だと言いました。

ある者は手、ある者は足、ある者は耳、ある者は目というように、それぞれには、それぞれの役割がある。

それぞれがそれぞれの役割を担っていく時、キリストの体なる教会は、立ち現れていくのだということです。

どんなに一人で頑張っても、体にはなれません。

どんなに頑張っても、目は目でしかないし、耳は耳でしかないわけです。

重要なのは、そこに集う一人一人が、それぞれの役割を担っていくことです。

そうやって、キリストから託されている使命を分かち合い、担い合っていく時に、教会は教会となっていくことができるのです。

私たちには、使命を共有することができる仲間が与えられています。

使命は、一人で背負うものではなく、共に背負うものだということを、改めて、教えられます。

一人で背負うことが、時に評価されたり、美化されたりすることがありますが、分かち合うことの方が大切なのです。

その分かち合いの中に、平安があるし、分かち合いの中で、教会は教会になっていくことができるのだということです。

モーセは、荒れ野を乗り越えていくために必要な知恵を与えられました。

私たちも、知恵を出し合って、教会に与えられている使命をどのように分かち合っていくことができるか、考えていきたいと思わされます。

・分かち合えない時も、神に委ねることができる

これは、教会の文脈だけでなく、個人の文脈においても言えることです。

一人でできることには、限界があります。

その限界を認め、自分がやるべきことと、誰かに任せることとを、見極める必要があります。

状況によっては、任せられる相手がいないということもあるでしょう。

そういう時には、手放すということも必要です。

大事なことを、大事にし続けていくために、分かち合える者は分かち合いつつ、同時に、担いきれない重荷は、神に委ねることができるということを覚えておきたいと思います。

全てを担おうとするのではなく、神に信頼して手放していく。

それもまた、荒れ野を乗り越える知恵であると思います。

神様は、私たちが、与えられた役割に堪えられるように、道を備えてくださるお方です。

その神様を信頼し、手放していくことができる。

任せていくことができるということを、今日は覚えておきたいと思います。

お祈りします。

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