2026年1月11日主日礼拝「困難な人生を生き抜いていくために」

聖書をお読みいたします。

聖書箇所は、出エジプト記10章1節〜9節です。

10:1 主はモーセに言われた。「ファラオのもとに行きなさい。彼とその家臣の心を頑迷にしたのは、わたし自身である。それは、彼らのただ中でわたしがこれらのしるしを行うためであり、

10:2 わたしがエジプト人をどのようにあしらったか、どのようなしるしを行ったかをあなたが子孫に語り伝え、わたしが主であることをあなたたちが知るためである。」

10:3 モーセとアロンはファラオのところに行き、彼に言った。「ヘブライ人の神、主はこう言われた。『いつまで、あなたはわたしの前に身を低くするのを拒むのか。わたしの民を去らせ、わたしに仕えさせなさい。

10:4 もし、あなたがわたしの民を去らせることを拒み続けるならば、明日、わたしはあなたの領土にいなごを送り込む。

10:5 いなごは地表を覆い尽くし、地面を見ることもできなくなる。そして、雹の害を免れた残りのものを食い荒らし、野に生えているすべての木を食い尽くす。

10:6 また、あなたの王宮、家臣のすべての家、エジプト中の家にいなごが満ちる。それは、あなたの先祖も、先祖の先祖も、この土地に住み着いたときから今日まで 見たことがないものである』と。」彼が身を翻してファラオのもとから退出すると、

10:7 ファラオの家臣が王に進言した。「いつまで、この男はわたしたちを陥れる罠となるのでしょうか。即刻あの者たちを去らせ、彼らの神、主に仕えさせてはいか がでしょう。エジプトが滅びかかっているのが、まだお分かりになりませんか。」

10:8 モーセとアロンがファラオのもとに呼び戻されると、ファラオは二人に言った。「行って、あなたたちの神、主に仕えるがよい。誰と誰が行くのか。」

10:9 「若い者も年寄りも一緒に参ります。息子も娘も羊も牛も参ります。主の祭りは我々全員のものです」

「困難な人生を生き抜いていくために」と題して、村田悦牧師に、メッセージをしていただきます。

・子どもメッセージ

おはようございます。

今日も最初に、子どもメッセージをしたいと思いますが、今、私たちは、モーセの話を続けて読んでいます。

先週は、モーセが、イスラエルの民を助けるために、神様から遣わされていく場面でした。

なかなか行こうとしないモーセでしたが、蛇に変わる杖とか、アロンという協力者を与えられて、なんとか、エジプトの王様のところに出かけていきました。

今日は、その続きですけれども、スライドを見ながら、話をしたいと思います。

1、エジプトの王様のところに遣わされていったモーセとアロンは、イスラエルの民を解放するよう王様に言いました。

2、でも、王様は、聞いてくれるどころか、イスラエルの民を、これまで以上に厳しく、働かせました。

そこで神様は、ファラオに、恐ろしい災いを下されました。

3、1つ目の災いは、血の災い。

神様は、川の水を血に変えてしまいました。

川の水は飲めなくなり、魚も死に、ひどい臭いがエジプト中に広がりました。

しかし、王様は、イスラエルの民を解放しませんでした。

4、二つ目の災いは、カエルの災い。

大量のカエルがエジプトを襲いました。

それでも王様は、神様の言うことを聞きません。

5、3つ目の災いは、ぶよの災い。

ぶよがエジプト全土を覆いましたが、それでも王様は、言うことを聞きません。

それで神様は、さらにいろんな災いを下しました。

あぶの災い、

6、疫病の災い、7、腫れ物の災い、8、雹の災い・・・。

こういう恐ろしい災いを全部で10回も、下すことになりました。

なんで、10回も、こんな恐ろしい災いを下さなきゃいけなかったのか。

それは、エジプトの王様が、神様の言うことを聞かなかったから、なんですが、

今日の聖書の箇所を読んでみると、エジプトの王様を、そんなふうにしたのは、神様だったって書いてあるんです。

神様が、エジプトの王様を、言うことを聞かない石頭にしたって書いてあるんです。

なんで神様、そんなことをしたんでしょうか。

王様が、石頭じゃなかったら、もっと早く、イスラエルの人たちは解放されました。

10回も災いを下さなくて済んだはずです。

それなのに、なんで神様は、王様を頑固にしたんでしょうか。

その理由について神様は、モーセに言いました。

「なんで、王様を頑固にして、10回も災いを下すのか。

それは、あなたがたが、私のことを知るためである。」

神様は、イスラエルの人たちに、どんな力を持っているか、どれほどイスラエルの民を思っているか知らせるため、

そのために、王様を頑固にし、10回も災いを下したって、言っています。

大事なのは、神様を知ることだったんです。

エジプトから脱出することよりも、神様を知ることの方が大事だったんです。

神様を知るっていうのは、頭で知るっていうだけじゃありません。心で知る。

神様はいつも、どんな時も共にいて、私たちを守ってくださる。

神様は決して諦めないし、私たちを見捨てない。

そのことを心に刻むこと、それが、神様を知るっていうことです。

これが、ちゃんと心にある人は、どんな困難も乗り越えていくことができます。

不安なことや怖いことにも、勇気を持って、向かっていくことができるようになります。

だから今日、私たちも、神様のことを心に刻みたいと思います。

神様は、どんな時も共にいて、私たちを守ってくださる。

神様は決して諦めないし、私たちを見捨てない。

このことを、しっかり心に覚えて、新しい一週間をスタートしていきましょう。

お祈りします。

・導入

先週、説教の中で私は、どんな1年になるかわからないけれど、信じて一歩踏み出そうと話しました。

すると、その三日後、思いがけないことが起こりました。

その日は水曜日でしたので、いつも通り、祈祷会の準備をしていました。

そしたら、少しずつ右の下腹部が痛くなっていきまして、次第にその痛みが広がって、腰の方まで痛くなっていきました。

ちょっと休めば良くなるだろうと思って、牧師室で休んでいたんですが、良くなるどころか痛みが増す一方で、だんだん怖くなってきまして、祈祷会直前だったんですが、家に帰り、寝室に行きました。

それでうずくまったり、寝転んだりするんですが、どんな体勢でも痛みが良くならなくて、これはやばいと思って、光さんに救急車を呼んでもらいました。

すぐに救急車が来てくださって、近くの中村病院に運ばれました。

検査をした結果、尿管結石ということでした。

まだ、かけらがいくつか体の中にあるようですが、出すしかありませんと言われましたので、無事に出てくれることを祈っております。

幸い、今のところ、大きな痛みはなく、過ごせています。

午前の祈祷会に参加してくださった皆さんには、本当にご心配をおかけしました。

祈祷会では、私のことを覚えて、祈ってくださったようで、大事に至らずに済んだのは、皆さんの祈りのおかげだと思っております。

本当にありがとうございました。

というわけで、新年早々、思いがけないことを経験したのですが、

こんなスタートを切りますと、なんとなくこの1年大丈夫だろうかと、不安になります。

病院を出る時に、お医者さんは大丈夫って言ってくれたんですが、看護師さんからは、「まだ全部出てませんから、また痛むかもしれません。そしたら、また動けなくなりますから、そしたらまた救急車ですね」と言われました。

また、あの痛みがやってくるかと思うと、とても怖くなります。

そんなふうに、私たちの歩みには、いつ何が起こるかわかりません。

問題が一つ解決しても、また新たな問題がやってくる。

そんな人生を生き抜いていくために、今日の箇所は、私たちに、大事なことを教えている箇所だと思います。

・なぜ頑なにしたのか

今日の箇所で注目したいのは、ファラオとその家臣の心を頑なにしたのが、神様ご自身だったということです。

なぜ神様は、そんなことをされたのでしょうか。

彼らが頑なでなければ、イスラエルの民を、もっと早く解放することができた。

十度も災いを下すこともありませんでした。

それなのに、なぜわざわざファラオの心を頑なにし、十度も災いを下したのか。

その理由として神様は、「わたしが主であることをあなたたちが知るためである」とおっしゃっています。

イスラエルの民が、神こそ主であるということを知る。

そのために神様は、ファラオを頑なにし、十の災いを下されたということです。

つまり、イスラエルの民にとって必要だったのは、エジプトから解放されることよりも、神を知ることだったのです。

これは、イスラエルの民からしたら、ちょっと待ってよと思うことだったかもしれません。

彼らはきっと、1日も早く解放してほしいと思っていたでしょう。

目の前の苦しみが、早くなくなってほしいと、それだけを願っていたでしょう。

でも、それじゃだめだったのです。

もしも、モーセが、ファラオに交渉するだけで解放されていたとしたら、「ファラオって、大したことなかったんだ」で終わっていたかもしれません。

出エジプトの記憶も記録も、後世まで引き継がれることはなかったかもしれない。

それでは、だめだったのです。

イスラエルの民は、神様を知る必要があったのです。

なぜ神様を知る必要があったのか。

それは、エジプトを脱出した後の長く険しい旅路のためです。

彼らは、エジプトから解放された後、40年間荒野をさまよい続けます。

また、カナンの地に侵入した後も、多くの民が彼らを襲います。

エジプトから出れば、全てが解決するわけではなかったのです。

一難去っても、また一難。

困難はなかなか終わらないわけです。

それでも、生き抜いていくため、

困難に直面しても、神様を信じて、乗り越えていくため、

困難な人生でも、勇気と希望を持ってのぞんでいくため、

そのために、彼らは、神様を知る必要があったのです。

つまり、この神とファラオの闘いは、イスラエルの民にとって必要な闘いだったということです。

困難に襲われても、神様に対する信頼がゆらがないように、神様は、決定的な出来事を、民に示す必要があった。

迷ったり、悩んだりした時に、戻ってこれる原点となるような経験。

「あの時のことを思い出そう!神様はあの時、私たちを救ってくれたじゃないか!」とそう思い出せる経験が必要だった。

そのために神様は、ファラオを頑なにし、十の災いを下されたのです。

子どもメッセージでも言いました通り、神様を知るっていうのには、二つあります。

一つは、頭で知ること。

聖書を読み、神様について学ぶ。

今日の箇所で言えば、神様は、エジプトにイナゴの災いを下されたんだとか、

それは、8個目の災いで、結局全部で10回災いを下されたんだとか、

そういうことを知識として知っていく。

これは、とても大事なことです。

あるいは、9節で、モーセが語っています「主の祭りは我々全員のものです」という言葉。

これもとても大事な言葉です。

礼拝というのは、ごく限られた人だけのものじゃない。

年齢も性別も超えて、全ての人が集える場所。

いや、家畜もということを考えると、全ての動物、全ての被造物がその場所に招かれているとも言えるかもしれない。

なぜならそれは、神様が、全ての被造物の神だからだと、そういうことを頭で考えたり、覚えたりする。

これも、神を知るということで、とても大事なことです。

でも、それ以上に大事なのは、心で知ることです。

困難に襲われている時も、神様が共にいる。

神様は決して諦めないし、私たちを見捨てない。

そのことを心に刻むこと、それが、神様を知るということです。

それは、人から聞いたり、教えられたりするだけでは、難しいかもしれません。

困難の中で神と出会い、神が共にいるという経験をしていく。

そのことを通して、私たちは、本当の意味で神を知ることができるのだと思います。

そして、そのことを通して私たちは、神の民として、困難の中でも、信頼と希望を持って歩んでいくことができるのです。

・困難を生き抜いていくために

人生は困難の連続です。

一つ問題が解決しても、また新たな問題がやってきます。

中には、解決しない問題もあるかもしれません。

ですから、問題がなくなることを求めるよりも、問題があっても生きていける。

生き抜いていける力を求めることの方が、重要なのだと思います。

それが、今日の箇所で示されている、神を知るということなのです。

どんな時も、神様は私たちと共にいる。

神様は決して諦めないし、私たちを見捨てない。

そのことを心に刻む。

そうすることによって私たちは、何が起こるかわからないこの人生を、なお信頼と希望を持って歩んでいくことができるのです。

ですから私たちは、苦しみのない人生なんて、そんな非現実的なことを求めるのではなく、

困難な人生を、それでもなお生き抜いていける力、

神を知ることを、求める者となっていきたいと思います。

この1年、きっといろんなことが起こるでしょう。

中には、嫌なことや、苦しいことも起こるかもしれません。

でも、それが神を知る機会となるならば、それは、人生の財産となっていくことでしょう。

目先の問題をいかに解決するかということばかりに心とらわれてしまう私たちですが、神を知るということ、

それは同時に、自分を知るということでもあると思います。

イスラエルの民は、神様との関わりを通して、自分たちの弱さや罪に目が開かれていきました。

そのことによって、傲慢な心が砕かれ、謙虚にされていきました。

これも、困難な人生を生き抜いていくために、必要な知恵であり力だと思います。

そうやって、神を知り、自分を知っていくとういこと。

これが、困難な人生を生き抜いていく力になっていくんだということを、今日は、心に留めたいと思います。

お祈りします。

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