2025年9月14日主日礼拝「心に留めたヤコブ」

聖書をお読みいたします。

聖書箇所は、創世記37章1節〜11節。

37:1 ヤコブは、父がかつて滞在していたカナン地方に住んでいた。

37:2 ヤコブの家族の由来は次のとおりである。ヨセフは十七歳のとき、兄たちと羊の群れを飼っていた。まだ若く、父の側女ビルハやジルパの子供たちと一緒にいた。ヨセフは兄たちのことを父に告げ口した。

37:3 イスラエルは、ヨセフが年寄り子であったので、どの息子よりもかわいがり、彼には裾の長い晴れ着を作ってやった。

37:4 兄たちは、父がどの兄弟よりもヨセフをかわいがるのを見て、ヨセフを憎み、穏やかに話すこともできなかった。

37:5 ヨセフは夢を見て、それを兄たちに語ったので、彼らはますます憎むようになった。

37:6 ヨセフは言った。「聞いてください。わたしはこんな夢を見ました。

37:7 畑でわたしたちが束を結わえていると、いきなりわたしの束が起き上がり、まっすぐに立ったのです。すると、兄さんたちの束が周りに集まって来て、わたしの束にひれ伏しました。」

37:8 兄たちはヨセフに言った。「なに、お前が我々の王になるというのか。お前が我々を支配するというのか。」兄たちは夢とその言葉のために、ヨセフをますます憎んだ。

37:9 ヨセフはまた別の夢を見て、それを兄たちに話した。「わたしはまた夢を見ました。太陽と月と十一の星がわたしにひれ伏しているのです。」

37:10 今度は兄たちだけでなく、父にも話した。父はヨセフを叱って言った。「一体どういうことだ、お前が見たその夢は。わたしもお母さんも兄さんたちも、お前の前に行って、地面にひれ伏すというのか。」

37:11 兄たちはヨセフをねたんだが、父はこのことを心に留めた。

「心に留めたヤコブ」と題して、村田悦牧師に、メッセージをしていただきます。

・子どもメッセージ

おはようございます。

今日もまず最初に子どもメッセージからしたいと思いますが、

先週まで私たちは、エサウとヤコブの兄弟の物語を続けて読んできましたが、今日からまた、新しい物語が始まります。

新しい物語の主役は、ヨセフさんです。

このヨセフさん、実は、先週まで主役だったヤコブさんの子どもです。

これまでヤコブさんの物語を読んできましたけれども、今日からは、その息子ヨセフさんの物語を読んでいきます。

今日は、その始まりのお話なんですが、どんなことが書いてあるか。

タイトルはこれです。

第一話「ヨセフ、家族から嫌われる」。

いきなり、悲しいタイトルですね。家族から嫌われてしまう。

ヨセフさんは、大家族でした。

お父さんとお母さんの他に、お兄ちゃんが10人と弟が1人いました。

そんな家族から、嫌われてしまう。

いったい何が、あったんでしょうか。

紙芝居で、今日のお話を見てみたいと思います。

1、第一話「ヨセフ、家族から嫌われる」。

2、ヨセフさんには、お兄ちゃんが10人と弟が1人いました。

たくさんの兄弟がいる中で、ヨセフさんだけ、特別でした。

何が特別だったか。

ヨセフさんは、他の兄弟の誰よりも、お父さんに愛されていたのです。

その証拠に、お父さんは、ヨセフさんにだけ、綺麗な服をプレゼントしました。

当然、お兄さんたちは、面白くありません。

「なんであいつだけ。」「調子に乗りやがって。」

お兄さんたちは、ヨセフさんのことを、憎むようになります。

3、そんなことも知らず、ある時ヨセフさんは、お兄さんたちに、自分の見た夢について話しました。

「お兄さんたち、聞いてくれ。

今日夢で、お兄さんたちの麦の束が、僕の麦の束にひれ伏す夢を見たんだ。」

この夢は、ただの夢じゃありませんでした。

それは、神様が見せた夢で、家族の将来に関わる、大事な夢でした。

でも、お兄さんたちは、

4、「なに!お前が俺たちの王になるというのか!」

お兄さんたちは、さらにヨセフさんのことを嫌いになりました。

5、でもヨセフさんは、次の日も、自分の見た夢について話しました。

「みんな、聞いてくれ。また夢を見たんだ。

今度は、太陽と月と11の星が、僕にひれ伏す夢だったんだ。」

それを聞いたお兄さんたちは、

6、またしても、カンカンに怒りました。

「お前は、また俺たちが、お前にひれ伏すと言いたいのか!」

お兄さんたちだけじゃありません。

7、ヨセフさんを可愛がっていたお父さんも、言いました。

「太陽と月と11の星がひれ伏すって、私やお母さん、お兄さんたちがひれ伏すと言いたいのか!

お前は、なんでそんなことを言うんだ!」

ヨセフさんの夢は、お父さんの機嫌も悪くしてしまいました。

ただ、お父さんは、お兄さんたちとは違いました。

お父さんは、ヨセフさんの話を、そっと、心に留めました。

ここまでが、今日のお話です。

なんで、ヨセフさんが、家族から嫌われてしまったか、わかったでしょうか。

一つは、お父さんに特別扱いされていたからでした。

ヨセフさんだけ、綺麗な服をもらっていたせいで、お兄さんたちから嫌われてしまった。これが一つ目。

もう一つは、ヨセフさんの見た夢のせいでした。

二つの夢がありましたけれども、両方とも、家族がヨセフさんにひれ伏すっていう夢でした。

その夢の話は、お兄さんたちだけじゃなく、お父さんも怒らせてしまうことになったんですが、

でも、最後に、お父さんだけは、ヨセフさんの話を心に留めたって、言われていました。

聞いていて腹が立ったけど、でも、お父さんは、その話を心に留めた。

紙芝居でもあったように、ヨセフさんの見た夢は、ただの夢じゃありませんでした。

神様が見せた、とても大事な夢でした。

でも、お兄さんたちは、自分に都合の悪い話だったので、その夢をすぐに忘れてしまいました。

一方、お父さんは、その話を心に留めました。

お父さんにとっても、都合の悪い話だったけど、でもお父さんは、心に留めた。

ここが、とても大事だなと思うんです。

皆さんにも、言われたくない言葉、聞きたくない言葉があると思います。

私にもあります。

私が小さい頃よく言われていたのは、「人の話をちゃんと聞きなさい!」ってことでした。

まさにですけれども、言われたくない言葉を言われると、すぐに不機嫌になって、「はいはいはい」って言って、聞き流していました。

そのせいで、大事な言葉も聞き流して、失敗してしまったことが、たくさんありました。

今日の聖書のお話は、聞きたくない言葉の中に、大事な言葉があった。

聞きたくない言葉の中に、神様の言葉があったっていうお話でした。

不機嫌になって、「はいはいはい」って言って、聞き流すんじゃなくて、心に留める。

ヨセフのお父さんがしたように、嫌な気持ちになっても、心に留めておく。

そのことを、今日は、覚えておきたいと思います。

お祈りします。

先ほど言いました通り、今日からヨセフの物語を読んでいきますが、読みながら、私は、ヨセフの兄たちの姿が、自分と重なるように感じました。

言われたくない言葉を言われると、すぐに不機嫌になって、耳を閉ざしてしまう。

「わかってるわかってる」と言って、本当は全然わかっていないのに、シャッターを閉じてしまう。

そんなことが、皆さんにはないでしょうか。

ヨセフの兄たちは、そうでした。

彼らは、ヨセフの夢の話を聞いて、激しく怒り、耳を閉ざしてしまいました。

8節 兄たちはヨセフに言った。「なに、お前が我々の王になるというのか。お前が我々を支配するというのか。」兄たちは夢とその言葉のために、ヨセフをますます憎んだ。

兄たちにとって、ヨセフの夢は、受け入れ難い話でした。

一つ目の夢の話は、ヨセフの麦の束に、兄たちの麦の束が集まってきて、そして、ひれ伏したという話。

二つ目の夢の話は、太陽と月と十一の星がヨセフにひれ伏すという話。

いずれも、ヨセフに対して、兄たちやお母さん、お父さんまでもが、ひれ伏すということが暗示されています。

当時は、家父長制ですから、父親が息子にひれ伏すなんて、あり得ないことでした。

お兄さんたちだってそうです。

ヤコブの物語で、長子の権利のことが出てきましたけれども、やっぱり長男というのは特別な存在でした。

次期家長ですから、弟たちになめられたら困るわけです。

何より、ヨセフは、下から2番目の弟です。

そんな弟にひれ伏すなんて、認められるはずがありません。

それでなくても、お兄さんたちは、ヨセフのことを嫌っていました。

彼だけが、裾の長い晴れ着を作ってもらったりして、父親から特別な愛情を受けいた。

そんなヨセフから、夢の話を聞かされたので、もう調子に乗っているとしか思えなかったのだと思います。

兄たちは、ヨセフの話を拒み、憎しみを募らせました。

一方で、父ヤコブは、違いました。

ヤコブは、「このことを心に留めた」と、記されています。

ヤコブも、お兄さんたちと同じように、ヨセフの話を聞いて、怒りました。

「一体どういうことだ。わたしもお母さんも兄さんたちも、お前の前に行って、地面にひれ伏すというのか。」そう言って、ヨセフを叱りました。

先ほども言いました通り、当時は家父長制ですから、父親が息子にひれ伏すなんて、あり得ないことでした。

もしかしたらヤコブは、兄たち以上に、動揺していたかもしれません。

特別な愛情を注いできた息子から、思いもよらない話を聞かされて、戸惑い、怒り、心が落ち着かない。

なんかの間違いだと思って、忘れてしまおう。きっと、そう思ったでしょう。

でも、ヤコブは、ヨセフの言葉を、心に留めました。

理解もできないし、信じることもできなかったけれど、でもヤコブは、その言葉を心に留めました。

この話を聞いた時に、私は、イエス様の母マリアのことを思い出しました。

マリアもまた、心に留める人でした。

たとえば、イエス様がお生まれになった時に、羊飼いたちが、訪ねてくる場面があります。

クリスマスによく読まれる場面ですが、

その場面で、羊飼いたちは、「今日ダビデの町で救い主がお生まれになるって天使から聞いたんだ」ということを、みんなに伝えるのですが、みんなは、不思議に思って、ポカーンとしているわけです。

でも、そんな中、マリアは、「これらの出来事を全て心に収めて、思い巡らしていた」と書かれています。

さらにもう一箇所、これは、イエス様が12歳になった時の話ですが、イエス様が神殿で迷子になるという話があります。

マリアは、ヨセフと一緒に、一生懸命探します。

でも、探しても探しても、全然見つからない。

結局3日間探し続けて、やっとの思いで見つかったと思ったら、少年イエスに言われるわけです。

「どうしてわたしを捜したのですか。わたしが自分の父の家にいるのは当たり前じゃないですか。」

両親には、イエス様の言葉の意味がわかりませんでした。

しかし、「母は、これらのことをすべて心に収めていた」と書かれています。

マリアも、ヤコブと同じように、都合の悪い言葉や、意味のわからない言葉を退けず、心に収めていきました。

このように、都合の悪い言葉や、意味のわからない言葉でも、退けずに、心に収める。心に留める。

その姿勢へと、今日私たちは招かれているのだと思います。

なぜならば、そのような言葉の中に、聞き逃してはならない、大事な言葉が含まれていることがあるからです。

ヨセフの見た夢は、神様が見せた将来のビジョンであり、実は、彼ら家族の救いに関わる、大変重要なビジョンでした。

確かに、当時の家父長的な考え方からすると、違和感を覚える話だったと思います。

でも、そこに、聞き逃してはならない、大事なメッセージが含まれている可能性があるわけです。

今、祈祷会で、エレミヤ書を続けて読んでいます。

エレミヤ書は、その名の通り、預言者エレミヤの語った言葉が、おさめられている書物なんですが、

彼が、預言者として活動したのは、南ユダ王国の滅亡前夜。

バビロンによって、南ユダ王国が滅ぼされていく時代でした。

その時代に、エレミヤが、神様から与えられた言葉を語るわけですけれども、

そこで、繰り返し記されているのは、エレミヤの言葉を聞こうとしない、王様はじめ、民たちの姿です。

彼らは、自分たちを安心させ、喜ばせてくれるような、自分たちにとって都合の良い言葉は、喜んで聞きました。

でも、エレミヤの語った言葉、

彼の言葉は主に、王や民の過ちを批判し、裁きや悔い改めを迫る言葉でしたが、そういう厳しい言葉には、耳を貸そうとしないどころか、力ずくで、封じてしまおうとするくらい、拒絶しました。

先週水曜日に読んだ箇所でも、そうでした。

エレミヤは、滅亡寸前の南ユダ王国の民に向かって、「命の道」と「死の道」について語りました。

「命の道」は、自分たちの過ちを認め、バビロンに降伏すること。

「死の道」は、それを拒み、バビロンと戦い続けることでした。

つまりエレミヤは、降伏しろと、そうすれば、命だけは助かると言ったわけですが、民は、聞こうとしませんでした。

彼らが聞きたかったのは、神様が驚くべき御業を行い、救ってくれるということでした。

その言葉を期待していたわけですが、エレミヤが語ったのは、神の裁きでした。

神は、彼らのために戦うのではなく、彼らと戦うと言われた。

彼らは、神が味方してくれると期待していました。

でも、エレミヤが語ったのは、神が、彼らの敵となられたということでした。

だから、降伏せよと、エレミヤは迫ったのですが、民は、その言葉を聞きませんでした。

そして、命の道を拒み、死の道を進んでいってしまったのです。

今日私たちが、心に留めたいのは、受け入れ難い言葉の中に救いがあったり、都合の悪い言葉の中に「命の道」があったりすることがあるということです。

だから、たとえ都合の悪い言葉であったとしても、心に留める。

受け入れたり、理解したりできなくてもいいから、すぐに結論を出さずに、保留しておく。

やがてわかる時が来る。

そう信じて、心に留めておく。

その姿勢を、大事にしたいと思います。

この一週間の歩みの中で、都合の悪い言葉や、理解しがたい言葉に出会うことがあるかもしれません。

その時に、ヤコブのように、またマリアのように、退けるのではなく、心に留める。

「この言葉の中にも、神様からのメッセージが隠されているかもしれない」とそう考えてみる。

そのような姿勢を、心がけていきましょう。

お祈りします。

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