ヨハネによる福音書21章15-19節
15食事が終わると、イエスはシモン・ペトロに、「ヨハネの子シモン、この人たち以上にわたしを愛しているか」と言われた。ペトロが、「はい、主よ、わたしがあなたを愛していることは、あなたがご存じです」と言うと、イエスは、「わたしの小羊を飼いなさい」と言われた。
16二度目にイエスは言われた。「ヨハネの子シモン、わたしを愛しているか。」ペトロが、「はい、主よ、わたしがあなたを愛していることは、あなたがご存じです」と言うと、イエスは、「わたしの羊の世話をしなさい」と言われた。
17三度目にイエスは言われた。「ヨハネの子シモン、わたしを愛しているか。」ペトロは、イエスが三度目も、「わたしを愛しているか」と言われたので、悲しくなった。そして言った。「主よ、あなたは何もかもご存じです。わたしがあなたを愛していることを、あなたはよく知っておられます。」イエスは言われた。「わたしの羊を飼いなさい。
18はっきり言っておく。あなたは、若いときは、自分で帯を締めて、行きたいところへ行っていた。しかし、年をとると、両手を伸ばして、他の人に帯を締められ、行きたくないところへ連れて行かれる。」
19ペトロがどのような死に方で、神の栄光を現すようになるかを示そうとして、イエスはこう言われたのである。このように話してから、ペトロに、「わたしに従いなさい」と言われた。
『聖書 新共同訳』©︎1987,1988共同訳聖書実行委員会 日本聖書協会
大切に思っている相手を、傷つけてしまったことはないでしょうか。失敗や過ちによって、信頼関係を損ねてしまったこともあるかもしれません。言った瞬間に後悔した言葉、恐れの中で思わず逃げ出してしまった経験。私たちの言葉も行動も、思い通りにはなりません。そして、このような自分は受け入れてもらえないだろう、と自己嫌悪に陥ってしまうことすらあるのです。
ペトロもまた、傷を抱えていました。彼はかつて「誰よりも主を愛している」と自負していましたが、イエスが捕らえられた夜、恐れの中で三度も「この人を知らない」と否定してしまいます。主を愛している。それなのに、裏切ってしまった。この出来事はペトロの自信を打ち砕きます。そのペトロに向かって、復活の主イエスは「あなたはわたしを愛するか」と三度尋ねられます。主は「信じているか」ではなく「愛しているか」と問われます。それはチクチクと嫌味のように責めるためではありません。三度の否認によって傷ついたペトロを、三度の愛の告白によって回復へと導くためです。ペトロは「主よ、わたしがあなたを愛していることは、あなたがご存じです」と答えます。そこには以前のような自信はありません。周りの状況によって裏切ってしまう、自分の弱さを知ったからです。それでもなお、精一杯の愛を告白します。この不完全な愛を、主は受け止められます。そして主は「わたしの羊を飼いなさい」と使命を与えられます。失敗して落ち込んだペトロを見放さず、赦された者として用いてくださるのです。彼は自分の弱さを知ったからこそ、他者の弱さにも寄り添うことができるようになったことでしょう。主イエスは、私たちの弱さや失敗をご存じです。そして傷や痛みを通して、愛を深めてくださるお方なのです。失敗によって関係性が終わるのではなく、赦しと共に新しく歩ませてくださいます。「あなたはわたしを愛するか」という問いの背後には、「わたしはあなたを愛している」という主の憐れみがあります。だからこそ私たちもまた、弱さを抱えながら、もう一度主に従って歩み出すことができるのです。







