2026年4月26日主日礼拝「主の言葉に耳を傾け」

サムエル記上3章1節~18節

3:1 少年サムエルはエリのもとで主に仕えていた。そのころ、主の言葉が臨むことは少なく、幻が示されることもまれであった。
3:2 ある日、エリは自分の部屋で床に就いていた。彼は目がかすんできて、見えなくなっていた。
3:3 まだ神のともし火は消えておらず、サムエルは神の箱が安置された主の神殿に寝ていた。
3:4 主はサムエルを呼ばれた。サムエルは、「ここにいます」と答えて、
3:5 エリのもとに走って行き、「お呼びになったので参りました」と言った。しかし、エリが、「わたしは呼んでいない。戻っておやすみ」と言ったので、サムエル は戻って寝た。
3:6 主は再びサムエルを呼ばれた。サムエルは起きてエリのもとに行き、「お呼びになったので参りました」と言った。エリは、「わたしは呼んでいない。わが子 よ、戻っておやすみ」と言った。
3:7 サムエルはまだ主を知らなかったし、主の言葉はまだ彼に示されていなかった。
3:8 主は三度サムエルを呼ばれた。サムエルは起きてエリのもとに行き、「お呼びになったので参りました」と言った。エリは、少年を呼ばれたのは主であると悟 り、
3:9 サムエルに言った。「戻って寝なさい。もしまた呼びかけられたら、『主よ、お話しください。僕は聞いております』と言いなさい。」サムエルは戻って元の場 所に寝た。
3:10 主は来てそこに立たれ、これまでと同じように、サムエルを呼ばれた。「サムエルよ。」サムエルは答えた。「どうぞお話しください。僕は聞いております。」
3:11 主はサムエルに言われた。「見よ、わたしは、イスラエルに一つのことを行う。それを聞く者は皆、両耳が鳴るだろう。
3:12 その日わたしは、エリの家に告げたことをすべて、初めから終わりまでエリに対して行う。
3:13 わたしはエリに告げ知らせた。息子たちが神を汚す行為をしていると知っていながら、とがめなかった罪のために、エリの家をとこしえに裁く、と。
3:14 わたしはエリの家について誓った。エリの家の罪は、いけにえによっても献げ物によってもとこしえに贖われることはない。」
3:15 サムエルは朝まで眠って、それから主の家の扉を開いた。サムエルはエリにこのお告げを伝えるのを恐れた。
3:16 エリはサムエルを呼んで言った。「わが子、サムエルよ。」サムエルは答えた。「ここにいます。」
3:17 エリは言った。「お前に何が語られたのか。わたしに隠してはいけない。お前に語られた言葉を一つでも隠すなら、神が幾重にもお前を罰してくださるよう に。」 3:18 サムエルは一部始終を話し、隠し立てをしなかった。エリは言った。「それを話されたのは主だ。主が御目にかなうとおりに行われるように。」
『聖書 新共同訳』©︎1987,1988共同訳聖書実行委員会 日本聖書協会

 人混みの中で、自分の名前を呼ばれた気がして振り向いたことはないでしょうか。しかし、誰の声か分からなければ、確信を持って応えることはできません。私たちは直接出会い、その声を聞いた経験がなければ、聞き分けることは難しいものです。人生にはさまざまな声が響いています。期待や不安、周囲の評価、自分の内なる思い。その中で、どのような声に耳を傾けて歩むのかが問われています。

 聖書に登場するサムエルも、呼びかける声をすぐに理解できませんでした。しかし彼は、与えられた務めに忠実に仕え、呼ばれれば何度でも応えていきます。そして師であるエリの導きで、主の声を聞き分けるようになります。主の言葉は、しばしば自分一人だけの確信に留まらず、信仰の交わりの中で確かめられていくのです。けれどもその言葉は、いつも心地良いものとは限りません。時に厳しく、語ることをためらってしまうようなこともあります。それでも、サムエルは託された言葉を、エリの家における裁きの預言を語りました。そのような厳しい言葉を受け入れられる人もいれば、拒む人もいることでしょう。大切なのは、互いに聞く姿勢です。傾聴とは、ただ音を拾うことではなく、敬意をもって相手に向き合うことです。それは、神に向かう姿勢でもあります。もしも相手の言葉に耳を傾けずに、自分の思いだけを語ってしまえば、相手はやがて黙るしかなくなります。神が沈黙しているように思えるならば、もしかすると私たちが語りすぎて、聞く耳を持てなくなっているのかもしれません。だからこそ、立ち止まり静まって、主の言葉に耳を澄ませたいのです。主は沈黙しておられません。たとえ厳しい言葉であったとしても、滅びに定めたいからではなく、立ち返るように招き続けておられるのです。そして隣人の声にも耳を傾け、互いの言葉を尊重し合う群れへと導かれましょう。だからこそ、今、呼びかけられている主の声に、耳をふさぐのではなく応えていきたいのです。その一歩が、主と隣人との新しい出会いとなることでしょう。

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